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その空気を吸うだけで僕は高く跳べると思っていた

理系人材のキャリア,職種,専門性,そして生活

という記事が,アール・コンサルティング株式会社発行の「2010年度版 モノづくり図鑑」という理系就職情報誌のp.177-182に載っていた.佃光博さんという方の記事だ(下にプロフィールを載せておいた).
このモノづくり図鑑は,昨年,先輩のめぐみさんの就活が終わったときにもらった本で,自分の就活の時期まで大切にとっておいた.研究室の友達は,最新の「2011年度版」を持っていたが,僕はめぐみさんから譲り受けた「2010年度版」を愛読していた.
高校生にもわかるような文章で,理系のキャリアと生活がとてもとても楽しく感じるような書き方をしてある.内容は,前半の職種紹介と後半のエンジニアのライフスタイルに大きく分けられる.前半の職種紹介だけが参考になった.他は割とどうでもよかったが,就活中に一番読んだ文章になっていたので,ここに載せておく.全理系学生を対象にすると,こんな文章になるのかな.

理系人材のキャリア,職種,専門性,そして生活

最初の就職先で技術カラーを持ち,その道のエキスパートとしてのキャリアを積み上げる

 生まれながらの理系,文系の区別はない.ほとんどの学生が大学の進路を決めるのは高校2年生の時だ.理系と文系では受験科目が異なるから,自分の得意学科を生かす進路を選ぶ.「モノづくりの道に進みたい」という動機の者もいるだろうが,多くは「数学と物理が得意」というような動機が多いと思う.逆に文系進学者は数学と理科が苦手な者がほとんどだ.
 そして就職してから文系と理系の道が明確に分かれてしまう.理系卒業生の中には数学スキルが必要な金融系に進む者,論理思考が求められるコンサル業界を志望する者もいるが,一部である.
 ここで文系と理系の道が明確に分かれ,そのキャリアの違いは一生続く.文系,理系はまったく異なるのだ.文系職種の中でも営業をライン職(会社を支える中核職種),広報,経理,人事などをスタッフ職(サポートする職種)と分かれ,それぞれに専門性を高めていくが,文系の場合は汎用性が高い.営業にしてもスタッフ職にしても,その専門性は他社でも通じる汎用性を持っている.
 理系の場合は違う.入った業種,企業,事業部によって技術の専門性を持ってしまう.5,6年のキャリアを積めばどの企業でも中核技術者の仲間入りをすることになるが,その段階で技術カラー(専門性)を持つ.そのカラーの強みを生かしながら仕事をし,スキルが評価される人材の場合はハンティングにあうこともあるだろう.そして転職してもその道のエキスパートとして成長していく.だから理系学生の最初の就職先は重要なのである.

研究開発職,設計開発職は自由度が高く,服装もカジュアル

 理系職種は業種によって異なるが,共通しているものも多い.代表的な職種をあげてみよう.

1 研究(研究開発)
 基礎研究,応用研究,応用開発とレベルはさまざま.実用化されていない技術を対象に,長いものなら10年(たとえば3Dディスプレイなどは昔からの研究対象だが,いまだに実用化されていない),一般には3〜5年後の実用化を目指す研究開発を担う研究開発職だ.事業部から独立した社長直属の研究所に所属することも多く,自身を「研究者」と定義し,学会発表の機会も多く,40代以上の人は論文によって博士号を取得している人も多数いる.研究内容は業種によってさまざまだが,巨大総合電機メーカーの場合は,本業と一見関係のない心理学などを専攻する研究部門,バイオなどの異種部門を持つ企業もある.
 中堅企業の場合は,事業部のエンジニアが3〜5年後の次世代機の研究開発を担うこともあり,基礎研究ではないが,製品よりの研究開発職と言える.理系学生の多くが「研究開発に携わりたい」と言うが,基礎研究部門への配属では大学での専攻とレベルが問われる.

2 設計開発
 製造業の花形エンジニア.個人ユーザー,企業ユーザー向けの製品を持つ企業で,自社製品の新規開発設計,改良開発設計を担う.機械設計には,機構(メカ),電気(エレキ),制御(ソフト)の3要素があり,「メカ屋」「エレキ屋」「ソフト屋」と呼び慣わしているメーカーも多い.近年では材料の選定,部品の表面処理が重要で,材料技術部門を持つ企業も多い.
 設計手法はこの10年間で大きく変わった.CAD技術は1980年代から使われていたが,1990年代になっても図面による設計を行う企業が多かった.そして基板を試作して実験していた.しかし,2000年前後からCADの能力が大幅に向上し,多くの設計工程をCADで行うようになった.コンピュータ上で設計している.
 設計が終わると試作機が作られるのはいまも同じ.試作機を評価して,設計にフィードバックして不具合を訂正していく.この工程を「評価」と呼ぶが,「設計」と「評価」が分かれている企業も多い.
 研究職,設計開発職は,学会や展示会に行く機会は多いが,同僚,上司以外と話す機会は少ない.製品化のスケジュールが確定している場合には,きつい開発になることもあるが,成果があがっていれば仕事と時間の自由度は高い.またフレックスタイム制を採用している企業が多く,カジュアルな服装で仕事をしている.

生産エンジニアはトラブルを予防する医師に似ている.最新製造設備では無人化が進む.

3 生産,製造
 生産工場で働くエンジニア.どの企業にとっても工場が生命線.不良品率を低くし,品質を保ちながら歩留まりを上げることが生産エンジニアの使命.ラインの配置,加工の順番,材料のの選定と職務は多岐にわたる.機械は温度や湿気によっても動作が変化し,材料も影響を受ける.同じ装置で生産しても,東北と九州の工場では違う生産ノウハウが必要になる.また安全性への配慮も必要だ.
 実際の業務では,地元で採用した人を使うことになり,労務管理的な役割を担うこともある(もちろん工場ごとに労務人事部門はある).
 化学,鉄鋼,繊維などの素材産業で,生産エンジニアは最重要の職種である.扱う製造設備は1つの町に相当する敷地に建設された巨大プラントで,24時間365日操業している.故障,不具合は許されないから,制御室に表示されるあやしい兆候,現場での異音,異臭などのシグナルに注意を払う.対象は異なるが,予防医学に似ているとも言える.

4 品質管理,生産管理,資材調達
 いずれも工場で働くエンジニア.生産エンジニアは製造機械を担当するが,工場は1つの巨大な生命体で,全体としての維持も必要だ.生産された品質に特化する品質管理部門,工場への生産依頼(注文)と製造予定,出荷を調整する生産管理部門,材料・部品の値段と量,仕入れ先を決める資材調達部門などがある.
 職種としては,技術よりもマネジメントに近いが,技術がわからないと出来ない職種.文系出身者が皆無というわけではないが,一般的には理系出身者が配属されている.
 工場内で勤務するエンジニアは作業着を着ていることが多い.入社研修時で1ヶ月以上の工場実習を課すメーカーがほとんどだが,理系といえどもたいていは驚く.
 ただし,最近の半導体,液晶ディスプレイの製造工程は無人化が進んでおり,各工程の様子はクリーンルーム外のモニタで見て確認する.金型製造工場でもNC加工機が活躍して職人が活躍する場が減っている.

知財,技術営業は外部の情報や人と接する職種.企業によって中身はさまざま

5 知財,リサーチ
 知財とは知的財産権を指し,特許,意匠登録権の意味だ.自社開発の技術が特許になるかどうかを判定し,可能であれば出願して自社技術を保護する.
 逆のケースもあり得る.自社で開発した技術が,すでに出願済みであることもあり得る.訴えられないためにはどのような特許があり,出願されているのかをリサーチする必要がある.
 世界中のエンジニアが開発競争しているのだから,類似技術が生まれて当然.類似の中にオリジナリティを加味することができれば新規特許になるだろう.また特許出願では書き方が難しい.特許の範囲が限定的なものなら,他社はそれ以外の方法で開発するだろう.広範な範囲に及ぶように書かなければならないのだ.そのために知財専門の部署がある.
 企業には「法務」という専門部署があり,工場建設(消防法,景観法など実に多くの法律をクリアしないと建設できない),海外進出などの契約で活躍している.法務部が知財を扱うこともあるが,特許は技術知識が必要なので理系の人間が必ず関与している.

6 技術営業
 顧客対応するエンジニアをセールスエンジニア,カスタマーエンジニアと呼ぶ.OA機器などのカスタマーエンジニアは文系が配属され,知識とスキルを磨くことも多いが,生産機械を扱うメーカーの技術営業職は理系の職種だ.顧客企業への製品の出荷,設置,試運転まで立ち合うこともあるし,不具合がでればまず一番に顧客のもとにでかけるのも技術営業だ.
 顧客からライバル社の評判を聞くこともあれば,製品への改良注文も聞く.顧客にいちばん近いので,次世代機種の開発でも望ましい仕様を開発部署に伝える.
 展示会で自社製品の説明員として話すこともある.一般のエンジニアは名刺交換の機会が少ないが,技術営業職はたくさんの名刺を必要とする.技術も人も好きという人に向いている.
 知財や技術営業は,外部の情報,人と接する機会が多く,一般の理系職種と性格が異なる.知財は地味な仕事に見えるけれど,時には数百億円という価値を持つこともある.また特許というワナをいかに破るか,いかに自社のワナを張るかという攻めの性格も持っている.
 技術営業は業種によって内容が異なる.ご用聞きのような仕事をカスタマーエンジニアと呼んでいる企業もある.CS部という名称を使うメーカーもある.CSはCustomer Satisfication(顧客満足)という意味だから,顧客を自社に取り込むという戦略として,位置づけは高い.

好きなことでメシが食べられる理系人材の仕事と生活

 私が技術取材を始めてから25年以上が経つ.たぶん1000人以上の研究者,技術者とインタビューをしてきた.文系と理系で違いがあるかと聞かれれば,確かにあると思う.
 人のタイプにもよるが,理系は考えながら話す人が多い.文系は相手の反応を見ながら話す.文系人間は「理系は数学,物理,化学なんてわけのわからないものが好き」と思いこんでいるが,じっさいには読書好き,音楽好きの人が多く,知的レベルは高いと思う.
 文系の仕事は,製品の売れ行き,宣伝,販売店対策,株主対策と対象があいまいだ.「あいまい」とは正しい方法が見つけにくいとい意味だ.ところが理系の場合は開発の対象も過課題もアプローチ法も明確なことがほとんどだ.
 仕事の中身は業種と配属先によって大きく異なるが,文系のように大学時代の生活とまったく違う環境で働くことはない.大学時代より高額な評価機器,CADソフトを使うけど,やっていることの中身は研究室時代とそう変わらない.「好きなことでメシが食えたら最高」と言われることがあるが,技術者の生活はそれに近い.
 変わるのは収入だ.大学時代は授業料を払っていたが,就職すると給料がもらえる.入社時研修の時期ももらえる.少ないとはいえ夏のボーナスももらえる.冬にはさらに多いボーナスがもらえる.
 その一方で支出はほとんどない.住まいは寮が用意されている.食堂もある.衣服は社内でオシャレをしても意味が無いからジーンズくらいで十分だ.
 わたしの友人の息子(某国立大機械情報学科)が2008年に浜松のメーカーに就職したが,それまでに持っていた車の免許に加えて取得したのは大型2輪と一級小型船舶だ.「寮のメシが超うまい」と絶賛していた.

趣味生活を楽しむエンジニアが多い理由は,時間自由度の高さと恵まれた環境

 理系就職の勤務地は地方が多い.研究所にしても工場にしても,地方が多い.六本木や新宿が特別好きなら東京勤務もいいが,電車通勤は疲れる.地方勤務の場合,電車の便は悪いけれど,道路は空いている.だからバイクやマイカー通勤する人は多く,そもそも寮や社宅が研究所,工場に隣接していることもある.つまり通勤が楽だ.
 若い人は酒を飲まなくなったと言うが,若い営業職を見ているとけっこう飲みに行っている.都会は華やかに見えるけれど,飲み屋以外にレジャーの余地は少ないからだと思う.
 エンジニアには自分の趣味を持っている人が多い.工学部でもバイクやクルマは多いけれど,工場でもバイク通勤者は多い.会津若松の半導体工場で働くプロセスエンジニアは土日の一日は太平洋側,日本海側とツーリングに出かけ,残りの一日は友だちとバーベキューすることが多いと言っていた.幕張メッセに本社がるASICメーカーに勤務するエンジニアは,サイクリング道路でジョギング.
 自分の趣味を持てる理由は,1つには自分の裁量で時間を決められること.もう1つはそういう環境が周囲にあることだと思う.

海外経験が多い技術職だが,技術英語の敷居は低くすぐに慣れる

 理系と文系では人生の過ごし方がだいぶ違うが,近年のエンジニアで目立つのが海外体験だ.1980年代までの日本人で海外体験するのは海外営業と呼ばれる部署だった.しかし1990年代後半以降に目立つのは技術者の海外赴任,出張だ.
 現地生産の立ち上げに生産技術が必要だし,製品の売込みにも技術営業職が不可欠.また開発においても海外の開発拠点との連携が進んでいる.日常的にはテレビ会議で開発を進めるけれど,年に一度程度は出張することになる.
 国内でも外国人エンジニアが目立つ.中堅,大手を問わずヨーロッパ系,アメリカ系,ロシア系とさまざまな国籍のエンジニアが日本人と共に働いている.
 英語が共通言語だ.と聞くと,あわてる学生もいるはずだ.理系学部への進学の理由が「英語が苦手なので理系」という者もいるからだ.しかし心配はいらない.「苦手だった」というエンジニアは多いが,「出来なくて苦労した」と話す者はほとんどいない.その理由は簡単だ.まず日常的な会話だが,これは日本語でも変わらないからすぐに慣れる.会議での英語が問題だが,これもエンジニアなら問題はない.技術用語は英語がそのまま使われているものがほとんどだから,単語は聞き取れる.聞き取れればわかる.わかるから慣れるのだ.
 もし営業で外国語を使うとするとそうはいかない.営業は高度な心理的コミュニケーションだから,微妙なニュアンスが重要だ.そうとう達人でなくては使い物にならないから,最初からTOEICスコア800点以上を求められ,入り口の敷居が高い.それに比べて,理系の技術英語の敷居は低く,単語とホワイトボードに書かれる数式,化学式の意味がわかればそれで通じる.そして滞在時間が長くなれば,いずれは達人の域に達することだろう.

約束された成長を持つ企業は存在しないが,エンジニア個人は成長し続けることが出来る

 以上で理系職種の特性を分析してみた.理系キャリアといっても職種,業種,企業によって異なり,人を育てる企業もあれば育てない企業もある.企業という環境だけでなく,人の成長には指導者や同僚に恵まれるかどうかの出会いも影響する.
 就職に際して「成長性」「将来性」も選考ポイントになるが,この10年間,20年間を見るだけでも,約束された成長,将来を持つ企業,業種は存在しないことがはっきりしている.社会はいつも変化していくから,約束された正しい解答は存在しないのだ.だから「成功する就職」の法則もない.「成長する企業に就職したい」という他力依存は無意味だ.しかし,エンジニア個人は成長し続けることが出来る.どんな業種,企業であっても成長できる.
 21世紀の初頭に温暖化,エネルギー危機,資源不足という大きな問題が現実になりつつあるが,政治家や評論家がテレビで何をしゃべっても無力だ.研究者,技術者だけが解決することができるのである.

エンジニアのライフスタイルが実際にここまで素敵なことは絶対無いと思う.


佃 光博(つくだ みつひろ)
早稲田大学文学部卒.新聞社,出版社勤務を経て,1981年,(株)文化放送ブレーンに入社.技術系採用メディア「ELAN」創刊,編集長.84年,(株)ピー・イー・シー・インタラクティブ設立.87年,学生援護会より技術系採用メディア「μα(ミューアルファ)」創刊,編集長.89年,学生援護会より転職情報誌『DODA(デューダ)』のネーミング,創刊を手掛ける.多くの採用ツール,ホームページ制作を手掛け,特に理系メディアを得意とする.2010年より,「採用プロ.com」を運営するHRプロ嘱託研究員を兼務.